FC2ブログ

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--/--/-- --. --:-- [edit]

Category: スポンサー広告

TB: --  /  CM: --

top △

満ちゆく赤 

XENOSAGAでヴィルヘルムとシオン。
2が終わった直後、くらいだと思われます。
甘くはないビターなヴィルシオ。



 いつからだろう。この赤が自分を満たしていたのは。



   満ちゆく赤


 
 薄暗い室内。彼女と男を照らすのは、黒いテーブルに置かれた灯火と窓から覗ける壮大な夜景だ。
 暖かいはずの灯火。幻想的な、やわらかいその光。
 それなのに、なぜ、男の顔を照らしていると考えるだけでこんなにも妖しいものに見えてくるのか。
 彼女は精一杯気取り――自覚が無いにしても――心持背を伸ばし、林檎酒の満ちたグラスをテーブルに置いた。
「……何を笑ってらっしゃるんですか、CEO?」
 ――CEO。
 ただその役職を示す名を口にするだけで、何故こんなにも自分は戸惑うのか。
 何故、ただの上司と思うことができないのか。
 何故、こんなにも胸を――……。
 だが、彼女の内面に気づいている様子もなく、男は――ヴェクター・インダストリー総帥ヴィルヘルムは、微笑んだまま、テーブルの上に細長い包みを置いた。
「……?」
 黒い包装紙に金のリボンが付いたそれは、その外見からでも十分高値のものだと予想される。
 彼女は訝しげに、包みからヴィルヘルムへと視線を戻した。
 柔和な、その笑みに。
「プレゼントさ」
「え?」
 ますます眉を潜めるシオンに、しかしヴィルヘルムは頬杖をつき、笑みを強めた。
「今ここで、着けてみてくれないかい……シオン」
 その細い指が持ち上げられ、彼女の胸に張り付いたように鎮座するあるものを指す。
 ……黒い石の、透明なペンダントを。
「それを、外して」



   ◆ ◆ ◆



 ――数ヶ月前まで、男はただの上司だった。しかも、天の上のと揶揄してもいいほど、遠くにいる存在だった。
 なのに、いつの間にか彼女は、シオン・ウヅキは彼と親しい間柄になってしまっている。
 その原因は、ミルチアとY資料をめぐる一連の攻防、そして自分が開発を担当していたKos-Mosの存在だった。
 プロテクトAAAの重要機密であるKos-Mosの第二開発局からの逃亡に加え、シオンがさる事柄より奪取し、無断使用した――せざるを得なかった特別製の航宙機に関する責任問題は、当然シオンが取らねばならないものだった。
 ……だが、彼女をじかに呼びつけた男は――ヴィルヘルムCEOはあろうことか彼女の罪を不問とし、これらに関しての情報規制をかけた。
 納得がいかなかったシオンはそれを問うため、もう一度ヴィルヘルムに面会を申し込んだ。
 無論、罰せられなかったわけではない。何故、あれだけのことをして咎められなかったのか、その理由がどうしても知りたかったのだ。
 再び顔を合わせたヴィルヘルムは、シオンの理論的だが合理的ではない問いを最後まで聞き、薄く――そして優しく微笑み、こう言った。
「興味の対象は身近にあったほうがいい。……そうは思わないかい? ミス・ウヅキ」
 ――それからだった。
 シオンが急速に上司と交流を深めていったのは。



   ◆ ◆ ◆



 目が覚めるような青い空。天然の芝生は緑のグラデーションを描き、天蓋のように頭上を覆う梢は風に揺れるたび、その日差しをきらきらと反射させる。
 曙光、第一開発局内中庭――多数の局員が談笑を交わし、安らぎのひと時を楽しんでいる中、シオンは一人芝生にじかに座り、ただ遠くの空を眺めていた。
 風に流れていく雲。その様子は大気を持つ惑星となんら変わることがない。時折吹く風と共に、移動コロニーという場所柄を感じさせない最高峰の人工的な自然の様子にシオンはそれでも溜息をついた。
「……どうして急にあんなこと、言い出したのかしら」
 思い出すのは昨夜の記憶。
 ヴィルヘルムの私室で行われた、二人きりの会話――……。


『外……す?』
 言われて、たっぷり数秒の間をおいた後、思わずシオンはそう尋ね返していた。
 無意識のうちに手がペンダントに触れ、冷たい感触の水晶を握り締める。
 何も言わないヴィルヘルムを見つめたままで。
『これを……ですか――』
 不思議と何の感情もわいてこなかった。シオンはそのことに驚き、だがすぐに理解し直した。
 このペンダントを外すなどという選択肢は、自分の中に無かったのだと。
 考えもしていなかったことを突きつけられたとき、人は驚く他ないと思っていたけれど――案外、そうでもないらしい。
 固まったシオンに、ヴィルヘルムは不意に気づいたように頷いた。
『ああ……それは君のお気に入りだったね』
『え――え、ええ……』
 嘘を付いたような気がして、シオンはぎこちなく微笑み、視線をそらした。
 嘘? 違う、嘘なんてついてはいない。これはお気に入りだ。一番身近なアクセサリーだ。
 ――死んだ恋人の形見だ。
 お気に入りで、大切なもの。だから答えは『イエス』。それでいいはずだ。
 ……なのに何故、こんなに罪悪感に胸が締め付けられるのだろう。
『……どうかしたかい、シオン?』
『あ、いえ――』
 シオンは顔を上げた。
 変わらない、ヴィルヘルムの微笑。
『着けてみては、くれないのかい?』
 それを見ているうちにふと気づく。
『それとも、ペンダントを外せない理由でもあるというなら別だけど』
 彼がいつの間にか、自分のことを名前で呼んでいたことに。
『……昔の恋人にもらったとか、ね』
『!』
 刹那、頭の中が真っ白になった。
 変わらない――変わることのないヴィルヘルムの微笑が、自分の心を捉えている。
 ……知っているのか。
 この、ペンダントのことを――
 自分と、ケビン・ウィニコットの関係を――
 他の男と親密な素振りを見せておきながら、自分は昔の恋人を未だ胸に秘めている。
 そう考えた瞬間、自分の浅ましさに愕然とした。
『……あ……』
『図星、という顔をしているよ、シオン』
 可笑しそうに声を上げるヴィルヘルム。そのまま平然と、手にしていたグラスの中身を口に含む。
 優雅で、どことなく威風のあるその所作に、シオンの頭はますます混乱した。
 自分だったら耐えられない。好きな相手の心を、昔の誰かが占めているなんてこと。なのに彼には困惑した様子すら、ない。
 ……男だから、違うのだろうか? それとも――
 コトリ、と静かにグラスがテーブルに置かれる。
 揺れるその赤い液体に、シオンの瞳は吸い寄せられた。
 その色はあまりに鮮やかで、否応なしにシオンの心をかき乱す。
 ――血。惨劇。死体。そう、それは二年前の記憶。優しく、辛い感情。
『……で』
 目の前の男が、血にまみれていく恋人に見えた。
『本当のところはどうなのかな?』
 胸の苦しさにシオンは立ち上がった。

 ――部屋を飛び出したところで記憶を断ち切り、シオンは再度、溜息をつく。
 何度思い出しても恥ずかしく――情けない行動だったと思う。
「……知っていた――のかしら……私と、先輩のこと……」
 Kos-Mos開発プロジェクトの中心だったケビンと顔見知りだった、ということは十分考えられる。だが、そこまで親密な関係だったのならば、自分との会話で話題に上ってもいいはずだ。
「それとも……やっぱり、外聞をはばかって、とか」
 あ、違う、そんなことじゃない――とシオンは脱線した考えを振り払うように頭を振り、うずくまるように膝を抱え込んだ。
 そう、今考えねばならないことは、あのヴィルヘルムの平静さだ。
 何故あんなに、平然と笑っていられるのかが不思議だった。
 もし、ケビンに昔付き合っていた女性がいたとして――その女性のことをまだ心に秘めていたら、自分はきっと苦しくて、切なくて、やるせなくなったはずだ。自分だったら、そうだ。
 ヴィルヘルムは――違うのだろうか。
 答えは出ないまま、ただ時が流れていく。
「……わからないわよね、本当」
 と目を伏せた直後。
「せーんぱぁ~い! ここにいたんですか~っ」
 不意に、聞きなれた甲高い声がし、シオンは顔を上げてそちらを見た。
 後輩のミユキが走りながらこちらに向かってきている。
 ミユキは軽やかな足取りでシオンの前に辿り着くと、その可愛らしい頬を膨らませた。
「先輩、探したんですよぉ~。カフェテラスに行くっていってたのに、全然反対の方にいるんですも~ん」
「ごめん、ちょっと考え事、あってね」
 片手を挙げて謝罪の意を示すが、ミユキはそれに反応せず、シオンの顔をじっと見つめている。
「な、何?」
「先輩、何か悩み事ですか?」
「えっ――」
 いきなり核心を掠められ、シオンは戸惑う。
「……う、ううん。そんなのないわよ?」
「まった、もー。長い付き合いなんですから、隠してもわかりますってば。
 最近、先輩、ボーっとしてること多いですもんねぇ。皆心配してますよ~?」
「そ、そんなに顔に出てた?」
「やっぱりそうなんですね~」
 してやったり、と笑うミユキにシオンはあっ、と小さな声を上げた。
「もう、ミユキ! 引っ掛けたわね!」
「えへへ~。でもでも、心配してるってのは本当ですよ、ハイ」
「うん……ありがとう」
 屈託のない笑顔にシオンはしかし、暗鬱とした気分からだろうか、居心地の悪さを感じてしまう。だが、ミユキはシオンの歯切れの悪さに気付かぬ素振りで、
「先輩ったら、ここんところ溜息ばっかりついてるし、遠い目してるし~……もしかしたら恋わずらいか!? なぁんて噂もあるんですよ」
「……恋?」
 ミユキの何気ない一言が、シオンの心を貫いた。
 矢よりも鋭く、深く。
「そうですよ~。特にアレンさんなんてもう手がつけられないほど見苦しい状態になっちゃって……」
 恋。
「こないだなんて、皆で飲みに行った帰り、トガシさんがアレンさんに絡まれちゃって~……」
 ――恋。
 その言葉を頭の中で繰り返していくうちに、シオンは自分の心に唖然とした。
 恋人、ではないのに。
 恋人でも、想い人でもない。ヴィルヘルムと自分は、ただの上司と部下――そうなはずなのに。
 ……いつからか、自分は彼を『恋愛の対象』として見ていた。女と男、という関係として。彼にとって自分もそうであるはずだという、勝手な考えを抱いていたのだ。
 ――馬鹿らしい。
 そう気付いた瞬間、知らずのうちに苦笑がもれ出た。
 なんて浅ましく、愚かなのだろうと。
 彼は指導者としての素質に長け、博学で、穏やかで、大人で――
 ……自分のような存在が彼と吊り合うはずなどない。
 興味を抱いた、というのも、それは女性としてではなく、部下として――自分の能力を見てなのだ、きっと。
 Kos-Mosはヴェクターにとって重要な存在だ。なら、ヴェクターのCEOであるヴィルヘルムがその開発担当者と親交を交わすのも道理。
 ――その程度のことすら思い描けない自分が情けない。
「で、ですね~……って、……先輩? 聞いてます~? 大丈夫ですか?」
 うつむいたままのシオンを見て、ミユキはようやくしゃべるのをやめた。
「……ええ。大丈夫よ」
 心配そうに顔を覗き込んでくるミユキの前で、シオンは自嘲の混じった笑みを唇の端に乗せる。
 ――私は、Kos-Mos開発計画統合オペレーションシステム開発局主任、シオン・ウヅキ。
 それでいい。それだけであるべきなのだ。
 シオンは立ち上がった。
「ごめん、ミユキ。仕事の続き始めるから、行くわ」



   ◆ ◆ ◆


 
 穏やかな古典楽曲が流れていた。
 古典作曲家ワーグナーの楽劇<トリスタンとイゾルデ>。黒と銀の点だけの宇宙空間に包まれた室内に、繰り返し繰り返し、柔らかな曲が響いている。
 ――ふと、空間に歪みが起きた――ように見えた。
 そしてそれは錯覚ではなかった。
 何故なら、そこにいなかったはずの存在が、室内に具現化していたからだ。
 血よりも濃い、緋色の外套をまとった存在が。
「ヴィルヘルム様。先日の件のご報告を……」
 静かだが決して弱々しくないその男声に、長い背もたれの椅子に腰掛けていたヴィルヘルムはそっと、閉じていたまぶたを開けた。
「あの件は全て君に任せている。そう言っておいたはずだけど」
「はい。ですが一応――」
「嘘が下手だね……ウィニコット」
 緋色の外套者――ウィニコットと呼ばれた者は、無言。ヴィルヘルムが座っている椅子の背もたれを見つめたまま、微動だにしない。
 ヴィルヘルムは椅子を反転させ、男の姿をその視界に捉えた。
「君は他に、何か言いたいことがあったからここに来たんじゃないのかい?」
「……」
「沈黙は美徳さ。だけど、言葉を使わなければ通じないことも、ある」
 ヴィルヘルムは頬杖をつき、机の上に置かれたままの細長い――包装されたままの包みを見た。
 その奥に眠る姿は、今のところヴィルヘルムしか知らない。
「……何故、あのようなことを?」
「あのようなこと、とは?」
「……昨夜のことです」
「おや」
 ヴィルヘルムは楽しそうに唇を吊り上げた。
「防音装置を作動させていたはずだけれどね……昨日は。まあ、君たちにはそんな外界の法則なんて関係がないから仕方がないことだろうけれど……」
「何故、彼女に執着なさいます?」
 男の声は硬い。だが、落ち着いている。少なくとも、感情に満ちた声音でないことは確かだった。
「執着……それは君も同じことだろう?」
「意味が違います」
 部屋に満ちた優しい音が、どこか異質な空気に歪んでゆく。
「そう――そうだったね」
 ヴィルヘルムは微笑みを強め、ゆっくりと立ち上がった。
 背後に広がる虚空の闇。ともすれば見るものを吸い込んでしまいそうな無限の闇を見つめ、ヴィルヘルムは言う。
「君と僕では、あらゆる意味で違う」
 男は答えなかった。
 それを後ろ目で見つめてから、不意に、何か思いついたように顔を上げた。
「ああ、そうだ。賭けでもしてみようか」
「賭け……?」
「そう」
 柔和だが、底の知れない微笑みを浮かべたまま、
「彼女が『過去』を捨てるか、否か」
 ぷつり――と。
 曲が、終わった。
 替わりに流れるのは、沈黙。重くなく、しかし軽くもない絶妙な空気が二人の間をさ迷う。
「……残念ですが、私は賭け事は嫌いです」
「ふふ――僕もやる気はしないよ」
 振り返ると手を後ろで組み、ヴィルヘルムは、その赤い瞳で男を見据えた。
「勝つとわかっている賭け事なんて、面白くないからね」



   ◆ ◆ ◆



 コンソールを打つ手を止め、ちらりと横の携帯端末を見つめ――それからすぐに視線を画面へと戻す。
 ……何回目だろう、同じことをするの。
 画面に浮かぶ数式、文章が頭に入らない。仕事に熱中できない自分に苛立たしさを感じ、シオンはだん、とキーをいささか乱暴に叩いた。
「ど、どうしたんですか、主任」
 ぴくりと体を震わせ、隣のアレンがまじまじとシオンを見つめる。
「……なんでもない」
「な、なんでもないって――」
「アレン君」
「は、はい?」
「コーヒーちょうだい」
「……ハイ」
 画面を睨みつけているシオンの気迫に気圧されたのか――それとも惚れた弱みか、ともかくアレンはすごすごとその場から立ち去っていった。
 嘆息し、周囲を確認すると、どうやら幸いにもアレンとのやり取りを見ていたものはいなかったらしい。当然だ。今はKos-Mosの自立システムの稼動チェックに力を入れねばならないときなのだから。
 二度も勝手に動き出したその原因を突き止めねば、数ヶ月前のアビス事件で出来た第二局との深い対立――というより一方的な向こうの逆恨みなのだが――は解消しない。開発主任として、それを解消するのは自分の責任だった。
 ……とはいうものの、昨夜のことなどが影響してだろう、一向に意識が仕事へ向かない。
「疲れてるんじゃないですか、主任」
 唇をかみ締めたとき、横から差し出されたコーヒーがシオンの嗅覚をくすぐった。
「そんなこと……ないわよ」
「そうですか? はい、これコーヒーです」
「……ありがと」
 と、アレンからコーヒーを受け取った――刹那。
 ――あ。
 どくん、とその暖かさに胸が脈打つ。 
 熱いほどに、狂おしいほどに暖かいその感触。
 そのときシオンは、自分の中に眠る『彼』の声を聞いた気がした。
『頼りにしてるぞ。今日もがんばろう』
『君の手はとても柔らかいんだね、……シオン』
 ――彼。彼? 彼とは一体、誰のことを指すのだろう。
 ……自分の中には、誰がいるのだろう。
「しゅ、主任? どうしたんですか?」
 アレンの声が遠くに聞こえる。
 二つの温もりが自分を引き裂く感触に、シオンは思わずその身を抱いた。
 一つは優しい、仄かだけれど、木漏れ日のように優しく、暖かい温もり。
 そしてもう一つは、自分を焦がすほどに甘美な、狂おしい温もり――
 初めて触れられたときのことを思い出す。
 肩を優しく叩かれたときを。
 ゆっくり、手の甲をなでられたときを。
 ――……怖い。
 二つの反する温もりをシオンは恐れた。自分の心をかき乱す、強い罪悪感にシオンは怯えた。
 遠くで、電子音が聞こえる。
 自分を呼ぶ音がする。
「主任……あの、端末……メール、きてますよ?」
 何でもいい。今のこの状態を救ってくれるなら。
 シオンは体を起こし、夢中で端末を取った。
 ぴっ、と軽い音の後、現れたのは――
「あ、綺麗ですね、その画像。ええと――リンゴ?ですか」
 そう、鮮やかな、眩しすぎるほどに赤い、一つの林檎。
 それは彼が自分を呼ぶときの合図だ。
 ――ヴィルヘルムが、自分を呼ぶときの。
「珍しいですね、メール画像にリンゴを選ぶなんて」
 ……どうして?
「あ、そ、そういや、リンゴといえば、おいしいアップルパイを出す店が……」
 どうして――あの人は私を――こんなに……。
 呆然とした後――まるで心を侵食していくようにどろりとした感情が湧き上がる。
「……君」
「えっと、主任……良かったら、そのぅ」
「……アレン君」
「仕事が終わったら、僕と――」
「アレン君!」
「へっ!? あ、は、はい!」
 振り返り、シオンは戸惑ったままの部下を見つめた。
 ある意思を心に秘め、シオンはきっぱりと言い放つ。
「少し、出てくるから。後よろしく」
 赫怒に満ちたシオンの、それでも美しい顔に、ただアレンは頷くことしかできなかった。

 ――ワイングラスに赤い液体が満たされていく。
 一つのグラスに注いだ後、ヴィルヘルムはためらうことなくもう一つのグラスにも同じ液体を注いだ。
 ワインセラーの前に立ち、グラスを持つその姿は貴公子然としており、美しい。
 ヴィルヘルムは笑みを浮かべたままグラスを掲げ、それを通して室内を見つめている。
 赤い、赤一色の部屋。
 その部屋に、微かな機械の作動音が響く。
 ヴィルヘルムは入口へと視線をやった。
 そこには、昇降機で上がってきたシオンがいた。

「仕事中だったかな?」
 シオンが部屋に着いたとき、ヴィルヘルムはいつものように愛飲しているワインのグラスを手にしていた。
 ヴィルヘルムの問いに答えず、シオンはちらりと視線をずらす。
 用意されている、もう一つのグラス。
 シオンは唇をかみ締めた。
 ――彼は、自分が来ないとは微塵にも考えていなかったのだ。
「仕事の方は順調かい?」
 平然を通り越し、超然としているヴィルヘルムの態度に怒りがこみ上げてくる。
「……いいえ。CEO。全くと言っていいほど、はかどっていません」
「ふぅん? 珍しいね、君が。どうかしたのかい?」
 その物言いにシオンは我を忘れた。
「それは、貴方が!」
 びりっと声が大気を震わせ、予想以上の大きさの声にシオンは身をすくめた。
 だが――それでもヴィルヘルムは、穏やかな笑みを崩さない。
 悔しくて、情けなくて、シオンは言葉を切ってうつむいた。
「……話を聞こうか」
「……話、なんて――」
「言いたいことがある。だから君はここに来た。……そうなのだろう?」
 近づく足音に、シオンは体をすくませ、それでも精一杯の虚勢を張ってヴィルヘルムを見つめる。
「言葉は互いを理解するための手段の一つだよ」
 優しい声。
 全てを包み、身をゆだねることを躊躇させないその声に、いつの間にか惹かれていた自分がいた。
 会話をするたびにその知性に、哲学に、雰囲気に飲み込まれていく自分がいた。
 ――でも、もう、それも終わりだ。
 シオンは再び意を決し。
 すぅと息を吸い、……止めた。
「――もう、私を呼ばないで頂けますか」
 深い、赤い瞳を見つめて。
「貴方の探究心を満たすために、私を……使うのは、もう、止めてください」
 心をかき乱すのも、止めてください。
 胸のうちでそう付け加え、自分の醜さに吐き気を覚えた。
 罪悪感を感じるのは自分のせいだ。ケビンとヴィルヘルム、その二人の間を勝手にさ迷っていたのは、自分なのだから。
 ヴィルヘルムに責任はない。全て、自分のせいだ。
 勝手に思い込んで、勝手に悩んで、勝手に比較して。
 ――もう、うんざりだった。いつから自分はこんなに情けなく、弱く、醜い女になったのか。
 吐き気も、罪悪感も、それでも早くなる胸の鼓動も、全てをおくびにも出さず、シオンはただ返答を待った。
 ヴィルヘルムはじっとシオンを見つめ――不意に、微笑んだ。
「綺麗な意思だ」
「……!?」
 何を、と思った瞬間。
 ――ヴィルヘルムの手が頬を包んだ。
「っ!」
「素晴らしい輝きを放っているね……君の意思は」
「や……止めて、下さい――」
 声に心を溶かされそうになり、その手を払おうとしても、体がいうことを利いてくれない。
 ――瞳が近づいてくる。
 あの、三日月に似た瞳が。
 自分を捕らえて離さない、深く、赤い月が
「そう、君の意志は強固で美しい。
 僕はそれが好きなんだよ、シオン」
「……!」
 ――好き。
 ただその一言でシオンの心が焦がされていく。
 体が溶けていく。
 愛や恋、などといった言葉ではない何かが胸の奥から湧き上がり、自分の心をかき乱す。
「……私、私は――」
 だが、それでもシオンは無意識に胸へ手をやった。
 ひんやりとした、冷たい感触の水晶。それは自分の最後の砦。
 柔和な瞳の魔力に、シオンは膝を屈さない。
 回らない頭で、甘美な何かに魅入られそうな心で、シオンは自我を必死に保つ。
「貴方は――興味が、あると……私に……開発の、主任の、私に――」
「それは少し、違う」
 ヴィルヘルムのもう一方の腕が、優しくシオンの腰へと回される。
 赤い瞳の奥に映る自分の姿に、シオンは慄然とした。
 狂喜した。
「僕はね、……シオンという『女性』に興味があるんだよ」
 華奢な、しかしめりはりのある体を更に引き寄せ、ヴィルヘルムはシオンの頤を優しく持ち上げる。
「わ、私……」
 シオンはためらい、目をそらし、胸の水晶を強く握り締めている。
 ヴィルヘルムは、笑った。
 頤に触れていた手でシオンの首筋をなぞり――
 水晶を握っていた手を、優しく引き剥がす。
「シ、CEO――!」
 シオンが何かを言うより早く、ヴィルヘルムはその唇を塞いだ。

 身をすくませ、しかし次第にまぶたを下ろしていくシオン。その頬は上気し、ほんのりと桜色に染まっている。
 力が抜けたのだろう、シオンの両腕がだらりと垂れ、肩が下がる。
 ヴィルヘルムはシオンの体を絡め取り、強く引き寄せた。
 ――陥落したシオンの姿を、赤い瞳で捉えたまま。


   ◆ ◆ ◆


 それは勝利のファンファーレか、それとも凱旋した戦士を向かえる歓声の替わりか――
 ワーグナーの<ローエングリーン>。威風堂々とした荒々しいその音も、しかしこの虚空に囲われた室内の雰囲気を損なうことはない。
 詰襟の皺をきちんと正してから、ヴィルヘルムはどこか満足げにワインを口にした。
 机の上の黒い包み――ワイングラスで透かして見れば、黒ですら赤に染まる。
 そう、赤よりもなお深い、毒々しいほどの赤に。
「黒と赤。――確かそういう名前の古書があったはずだけれど……」
 ヴィルヘルムはワインを口に含み、ちらりと後ろに視線をやった。
「君は知らないかい? ウィニコット」
「……存じません」
 いつものように無音で部屋に現れた緋色の男の言葉は、どこか無機質的な響きを帯びていた。
 ヴィルヘルムは微かに笑うと背もたれによしかかり、虚空の星々を見上げる。
「知らないことがあるというのは幸せだ。それを知ることを目指し、人は遥かな高みを目指せる」
「無知は幸福、とおっしゃりたいのでしょうか」
「そう。少なくとも――今の君にはね」
 緋色の男はやはり動かず、無言のままだった。
 ヴィルヘルムはもう一口、ワインを含み、その芳醇な味わいを楽しむように瞳を閉じる。
「僕は強い意志が放つ、あのまばゆい光が好きなんだよ、ウィニコット」
 ワインを置き、ヴィルヘルムは机の端の包みを見つめた。
「……そして強い光ほど、壊れ、消えゆくときのその儚い様が美しい」
 あの、三日月のような瞳で。
「そうは思わないかい?」

 簡素な飾りがなされた、けれど品のよさを感じさせるCEOプライベートルームの一つ――
 ホログラフの空に朝日が輝き、暗闇に包まれていた室内を暴いていく。
 ――部屋の中央の寝台で、シーツに包まれ眠るシオンの胸の上――あの水晶は静かに鎮座し続けていた。
  


 


 



***続きも考えていましたが、3が出ちゃったんで書いてません。
    何にせようちのヴィルシオは
    根が『相手への好奇』からできてるものなので、甘さなんて一つもないのです。
    ちなみに『リンゴ』の画像の意味は、リンゴの花言葉が『誘惑』からきているから……
    です。最初は赤いバラだったんですが、止めました(笑)。

スポンサーサイト

2010/01/20 Wed. 20:49 [edit]

Category:  ▼XENOSAGA

Thread:二次創作  Janre:小説・文学

TB: 0  /  CM: 0

top △

コメント

top △

コメントの投稿

Secret

top △

トラックバック

トラックバックURL
→http://giftmull000.blog133.fc2.com/tb.php/16-5ec923d2
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

top △


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。